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横浜地方裁判所 平成2年(ワ)1576号 判決

原告

滝本太郎

右訴訟代理人弁護士

星野秀紀

山本一行

平田広志

三浦宏之

小笠原忠彦

萩原繁之

阿部浩基

新里宏二

佐藤大志

田見高秀

小澤哲郎

瀧澤秀俊

釜井英法

木村裕二

渡邉彰悟

安倍井上

清水勉

吉田栄士

志田なや子

伊藤芳朗

藤井篤

本間豊

森田明

宮澤廣幸

本庄正人

鈴木裕文

山本英二

小野毅

大村武雄

延命政之

黒田陽子

黒田和夫

石戸谷豊

杉崎明

佐藤昌樹

武井共夫

小島周一

三木恵美子

渡辺智子

西村隆雄

南雲芳夫

藤田温久

高橋宏

堤浩一郎

中村宏

三竹厚行

鈴木義仁

古川武志

岡部玲子

大塚達生

高田涼聖

藤村耕造

佐藤嘉記

小川光郎

鵜飼良昭

野村和造

中込光一

斎藤芳則

前田留里

船橋俊司

林良二

高岡香

原希世巳

久保哲夫

飯田伸一

小長井雅晴

佐藤克洋

手塚誠

岡田尚

芳野直子

被告

宗教法人オウム真理教

右代表者代表役員

松本智津夫

右訴訟代理人弁護士

青山吉伸

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成二年五月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成二年五月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1について仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和五八年四月に横浜弁護士会に登録し、同会に所属する弁護士であり、平成元年一一月からオウム真理教被害対策弁護団(以下「対策弁護団」という。)の一員として活動していた。

(二) 被告は、宗教法人であり、平成元年五月二七日当時、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を占有していた。

2  被告の信者らの不法行為

(一) 本件土地は、被告の農園予定地であり、被告にとって神聖な土地であるが、農業地域の整備に関する法律に定める農用地であるにもかかわらず、平成二年四月二日に、被告がその一部にコンクリートを流し、かつ廃液を外にまで流しているため、上九一色村農業委員会から工事の中止を求められた外、同村富士ヶ嶺地区(以下「富士ヶ嶺地区」という。)の住民(以下「地区住民」という。)と被告の間では、本件土地に流された廃液や同地区内に被告が事務所の建設を予定していた土地での削岩機の騒音等を巡って対立が生じ、右対立が激化する状況にあった。

(二) 対策弁護団は、地区住民から、右トラブル等につき相談を受けていたが、富士ヶ嶺区長から「坂本弁護士を救う会」宛に、同年五月二七日午後一時から開催されるオウム真理教に対する地区住民大会に出席を要請する旨の同月二四日付け案内状が寄せられたことから、対策弁護団としては、原告を右住民大会に出席させ、その際原告に現地を視察するなどの調査を行わせることを決定した。

(三) そこで原告は、同月二七日、前記地区住民大会の参加に先立ち、一人で富士ヶ嶺地区を訪れ、予め富士ヶ嶺地区から送付を受けていた地図を頼りに本件土地を視察し、同日午前一一時五〇分ころ、本件土地南側隣地の私道上(別紙図面記載③地点(以下「③地点」という。))から本件土地及び廃液の状況等を写真撮影していた。

(四) するとそこに、本件土地内に置かれていたコンテナの中から被告の信者である星俊文が現れ、ついで右私道から本件南側の村道へ出た地点(別紙図面記載①地点(以下「①地点」という。))にいた被告の信者である大石明、猪瀬正人、長野大助が右星の声を聞いて駆けつけ、右四名で原告を取り囲んだ。

右信者らは、原告に対し、交々「カメラを渡せ。」「フィルムを渡せ。」「お前は誰だ。」などと言い、これに対し原告は、「横浜弁護士会所属の弁護士だ。」「そんな根拠はない。」「違法行為はしていない。」などと言って同人らの要求を断った。

すると、右信者らは、互いに、「取れ取れ。」などと言いつつ、その場で、カメラを持っていた原告の右腕をねじ上げ、フィルムの装着されている本件カメラを奪い取った。

(五) その後、原告は、右信者らに対し、本件カメラ及びこれに装着されている本件フィルムの返還を再三求めたが、右信者らはこれに応じず、原告を取り囲むようにして、③地点から、①地点付近に移動した。その際、右信者らの内の一人は、原告に対し、所携の角材をたびたび押しつけた。

(六) 原告は、その後も同日午後〇時四〇分ころまで、右信者らに対し、本件カメラとフィルムの返還を要求し続けたが、右信者らは一向に応じようとはしなかった。その間、長野大助が静岡県富士宮市〈番地略〉所在の被告富士山総本部へ行き、別の二人(二宮某外一名)の信者を連れて戻ってきていたので、信者は六人になっていた。

(七) そして、同日午後〇時四〇分ころ、右信者らは、「フィルム取っちゃえ。」などと言いつつ、本件フィルムを巻き上げ、カメラからフィルムを取り出した後、カメラのみを原告に返還した。原告は、その後五分程度、本件フィルムの返還を再三求めたが、右信者らはこれに応じなかった。

(八) 原告は同日午後一時から予定されている前記住民大会に出席するため、一旦前記現場を離れたが、同日午後四時ころ、再度、地区住民らとともに被告の富士山総本部を訪れ、本件フィルムの返還を求めたが、被告は返還しなかった。

(九) 結局、本件フィルムは、本件訴訟提起後の同年一〇月一六日に、被告から、原告へ返還された。

3  被告の責任

(一)(1) 前記星俊文外四名の信者らは、被告の単なる信徒ではなく、出家者であるうえ、二宮某は被告内においてはアッサージなる大師の地位にあり、横浜支部の責任者でもあった。

(2) 被告の出家者は、一切の世俗的生活を断ち切り、麻原彰晃とシヴァ神に帰依し、被告のすべての戒律を守り、個々の解脱及び救済活動に全精力を注がなければならず、宗教的教義に関する教学、瞑想、布施を行い、被告の教義を広めることはもちろんのこと、「ワーク」と呼ばれる被告の様々な仕事に従事しなければならず、出家者の活動時間中、「ワーク」と呼ばれる仕事の割合が最も多い。

そして、「ワーク」は、デザイン、編集、印刷、被服、建築、車両、ビデオ、医療、生活、特組(事務)、CSI(科学)、CMI(薬学、遺伝工学)などの分野に分かれており、その一環として警備係が存在する。

(3) 被告の出家者は、全てのことについて、大師とよばれる被告の幹部の指示に基づいて行動し、出家者が他者と接触する際には、その対応の仕方までマニュアル化されており、そのマニュアル及び大師の指示に従って行動している。

(二)(1) 平成二年五月二七日当時、本件土地は、前記のとおり被告にとって「神聖な土地」であり、周囲に有刺鉄線が張り巡らされていた。

(2) このころ、被告は、地区住民との間で、前記のような対立が生じていた外、本件土地については、報道関係者との間で、写真撮影を巡ってトラブルが生じていた。

そこで、被告は、地区住民や報道関係者らから「神聖な土地」を守るために、その信者らを本件土地に配置し、被告の大師の指示と被告のマニュアルに基づき、本件土地につき、非信徒で「ひやかし」や「嫌がらせ」を行う者と判断される者に退去を求める等の警備活動をさせていた。

(3) そして、右警備のために配置され、本件土地内に置かれたコンテナ内にいた被告の信者星俊文及び①地点付近にいた前記三名の信者らによって、本件カメラの奪取行為がなされ、さらに被告の富士山総本部から来た責任者ら二名を加えた六名の信者らが、本件フィルムの抜き取りを行った。

(三) 以上のように、本件カメラ及びフィルムの奪取は、被告の業務に従事する被告の信者らによって、本件土地の警備という職務の執行に際してなされたものであるから、被告は原告に対し、民法七一五条により原告の被った後記損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

被告信者らの前記行為は、原告の右腕をねじあげて本件カメラを奪取し、さらに角材で原告を押すなどしたうえ、原告が再三にわたり本件カメラ及びフィルムの返還を求めているにもかかわらず、本件フィルムを巻き上げ、これを抜き取った極めて悪質なもので、しかも、原告の本件写真撮影は、前記のとおり、対策弁護団の一員として、その調査活動の一環としてなされたものであるところ、平成二年五月二七日当時、本件土地に関して続出していた被告と地区住民との間のトラブルを証明する手段として、本件土地を写真撮影した本件フィルムは重要であったが、被告信者らの前記行為により、本件現場での写真撮影を続行することもできなかったこと及びその後、原告において本件フィルムを利用できなかったことによって、原告の右調査活動が妨害され、弁護士業務が侵害された。

また本件フィルムには、原告が日本弁護士連合会欧州陪審調査団の一員として、ヨーロッパ調査に赴いた際に撮影した写真や、原告及び原告の家族を撮影した写真も含まれていたが、原告において、日本弁護士連合会への調査報告書にこれら写真を利用できず、同調査団に参加した弁護士らに対して、本件フィルムが被告の手元にあることを謝罪せざるを得ない立場におかれた外、家族の写真が被告の手元にあることによって、原告は心理的苦痛を受けた。

さらに、原告は、被告が本件フィルムを任意に返還しないため、遅くとも平成二年六月九日に被告に到達した書面でその返還を求めた外、同月三日、一七日、二五日の各日には、本件土地に隣接する私道において、他の弁護士らとともに、被告信者らに対して本件フィルムの返還を求めたが、被告信者らはこれに応じなかった。そこで、原告は、やむなく同月一五日に、富士吉田警察署に窃盗及び威力業務妨害罪の被害届を提出したが、被告はその後も本件フィルムを返還しないので、同年七月四日に、本件訴訟の提起を余儀なくされた。このような経過の中で、原告としては、内容証明郵便の起案・発送、警察署への被害届の提出、それによる事情聴取及び調書の作成、実況見分への立会、弁護団との打合せ等を行わざるを得なくなり、その間、原告は本来の弁護士業務を行うことができなかった。

以上のように、原告は、被告の信者らによって本件フィルムを奪取され、本件フィルムが被告の手元にあることによって多大な精神的苦痛を受けたが、右苦痛に対する慰謝料としては一〇〇万円を下回ることはないというべきである。

5  よって、原告は、被告に対し、民法七一五条に基づき、右一〇〇万円の損害賠償を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1の(一)の事実中、原告が昭和五八年四月に横浜弁護士会に登録し、同会に所属する弁護士であることは認め、その余は不知。

(二)  同1の(二)の事実は、認める。

2(一)  同2の(一)の事実中、本件土地が被告の農園予定地であることは認めるが、その余は否認する。本件土地は単に個人的な修行のために使用されていただけで、被告の信者が居住していた訳でも、被告として祭壇を設けていた訳でもなく、被告としては特別神聖な土地と考えていた訳ではない。

(二)  同2の(二)の事実は、不知。

(三)  同2の(三)の事実中、原告が、平成二年五月二七日に一人で富士ヶ嶺地区を訪れ、本件土地を視察し、同日午前一一時五〇分ころ、③地点から本件土地の状況を写真撮影したことは認め、その余は不知。

(四)  同2の(四)の事実は否認する。

星俊文が、原告に対し本件フィルムを渡すように要請したところ、原告は、右星に本件カメラを任意に手渡したのであり、右星は、原告に対して一切暴力を振るっていない。

なお、カメラを預かった時点までは、原告と右星との二人きりであり、その後で被告の信者三名が話し合いに参加したのである。

(五)  同2の(五)の事実は否認する。

(六)  同2の(六)の事実中、被告信者らが原告の本件カメラの返還要求に応じなかったこと、信者の一人が被告富士山総本部へ行き、別の二人の信者を連れて戻ってきたことは認める。

(七)  同2の(七)の事実中、被告の信者らが、本件フィルムを巻き上げ、本件カメラから本件フィルムを取り出した後、本件カメラのみを原告に返還したこと、原告から本件フィルムの返還を求められたが、これに応じなかったことは認め、その余は否認する。

(八)  同2の(八)の事実中、被告が本件フィルムを返還しなかったことは認めるが、その余は否認する。

(九)  同2の(九)の事実は認める。

3(一)  同3の(一)の(1)の事実中、星俊文外五名の信者が出家者であり、二宮が横浜支部の責任者であったことは認める。その余は否認する。

(二)  同3の(一)の(2)の事実は認める。但し、「ワーク」の中に特組(事務)なる分野はない。

(三)  同3の(一)の(3)の事実は否認する。出家者の行動が全て上からの指示でなされているわけではないし、マニュアルはあくまでも仕事をするうえでの参考に過ぎない。なお、対応の仕方についてのマニュアルは現在使われていない。出家者は「ワーク」と呼ばれる奉仕活動に従事するが、右奉仕活動はいくつかの班に別かれて独自の活動を行い、右各班には「大師」と呼ばれる霊的ステージの上の者が責任者となる場合が多いが、各班は独立して活動を行っていることから、「大師」であれば誰でも指示、監督を受ける訳ではなく、あくまで所属する班の直属の上司の指示、監督を受けるだけである。

(四)  同3の(二)の事実中、平成二年五月二七日当時、本件土地が、「オウム真理教農園予定地」であり、その周囲に有刺鉄線が張り巡らされていたことは認め、その余は否認する。被告が本件土地を特別神聖なものとは考えていなかったことは前記のとおりである。

(五)  同3の(三)の事実は否認し、法的主張は争う。

被告は、警備係を設けているが、その目的は被告の信者らの保護にあり、被告の信者らが居住する施設にだけ警備係が置かれているもので、誰も居住していない本件土地を警備する必要性は全くなかった。

民法七一五条の使用者責任が認められるためには、当該不法行為が使用者の事業執行に関して行われ、かつ、使用者と不法行為者との間に指揮監督関係が存することが必要であるが、本件は、被告信者らが個人的な瞑想、宗教教義についての教学を行っていた際に発生したもので、被告の事業執行に関して行われたものでもなければ、また被告信者らが行っていた個人的宗教活動に対して被告の指揮監督が及んでいた訳でもないから、被告に右使用者責任が成立する余地はない。

4  同4の事実中、被告の信者らが本件カメラを奪取したこと及び原告が精神的苦痛を受けたことは否認し、被告信者らが本件フィルムを返還せず、原告が平成二年六月九日に到達した書面で被告に本件フィルムの返還を求めたことは認め、その余の事実は知らない。

三  抗弁

1(一)  原告による本件写真撮影は、本件土地内に置かれていたコンテナの中で瞑想修行、教義の教学を行っていた星が、不審な物音を聞いてコンテナの外へ出たところ、何の断りもなく突然同人にカメラを向けて行われたもので、同人の肖像権を侵害する違法な行為である。なお、たとえ星が、写真の一部にしか写っておらず、そのままでは直ちに同人を識別することが困難であったとしても、フィルムを引き伸ばすこと等によって同人を識別・特定することは十分に可能であり、また引き伸ばさなくても、同人の身内の者や知人であれば識別・特定することは十分可能であるから、いずれにしても原告の本件写真撮影行為が星の肖像権を侵害する違法な行為であることに変わりはない。

(二)  仮に、原告の本件写真撮影が星の肖像権を侵害するものではないとしても、本件土地において修行、教学を行っていた被告信者らにとって、不審な人物が突然に無断で写真の撮影を始めれば、被告信者らの宗教活動の妨げになることはもちろん、不安感や多大な精神的苦痛を与えることは明らかで、原告の本件写真撮影行為は、右の点からも被告信者らの信教の自由を侵害する違法な行為である。

(三)  しかも、原告が、撮影行為の中止を求める被告信者らの要求を無視して撮影を続行する態度に出たために、被告信者らとしては、不審な人物に被告の信者の写ったフィルムをそのまま所持させること自体不安で、どのような形で悪用されるとも限らないうえ、原告の写真撮影行為は瞬間的に終了してしまうもので、被告信者らとしては、原告の違法行為を阻止するために、原告から任意に差し出された本件カメラから本件フィルムを抜き取ったものである。しかも、被告信者らの行為は、それによって原告に何らの傷害を負わせた訳でもなく(仮に、被告信者らの行為に、暴行といえるものがあったとしても、極めて軽微なものである。)、原告の違法行為を阻止し、星を含む被告信者らの前記法益を守るために行われたものである。

2  以上のように、被告信者らの本件カメラから本件フィルムを抜き取り、これを返還しなかった行為は、原告の違法行為の態様及び内容に対比すると、その方法や態様は相当な範囲のものであるから、原告の違法行為に対する正当防衛として違法性がない。

3  仮に、被告信者らの行為が正当防衛とは認められないとしても、原告の違法行為の内容及び態様からすると、原告の違法行為を阻止し星を含む被告信者らの肖像権を守るためには、原告が撮影した本件フィルム自体を取得する以外に方法がなかったのであるから、被告信者らの行為の内容及び態様に照らすと、被告信者らの行為は自救行為として違法性が阻却されるというべきである。

また、自救行為と認められないとしても、被告信者らの行為による原告の被害法益は軽微であるうえ、前記のような被告信者らの行為の内容及び態様、被告信者らの行為に至る前記のような事情からすれば、被告信者らの行為は、法秩序全体の見地から許容されるものであり、実質的違法性がない行為というべきであるから、不法行為に該当せず、したがって被告に損害賠償義務はない。

4  仮に、以上の主張が認められないとしても、星を含む被告信者らは原告の本件写真撮影行為によって、被告信者らの肖像権が侵害されたものと誤信し、肖像権侵害に対する正当防衛又は自救行為と信じて本件行為に及んだものであるから、同人らには違法性に関する事実の錯誤があったものとして、故意が阻却されるべきである。また、前記のような原告の本件写真撮影行為の態様からすれば、被告信者らにおいて右のように信じたとしても過失がないというべきである。したがって、被告信者らには、本件行為について故意及び過失がないから、不法行為は成立しないというべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて否認し、法的主張は争う。星を含む被告信者らは、本件土地において、修行や教学を行っていた訳ではなく、本件土地の警備を行っていたものであることは前記のとおりである。また、被告は、星の肖像権を侵害した旨主張するが、原告は、被告と地区住民との対立が激化する状況の中で、対策弁護団の一員として、調査のために本件土地に赴いたことからも明らかなように、本件土地の当時の状況を撮影しようとしていたに過ぎず、本件土地内に置かれていたコンテナ内にいた星が突然出てきたために、写真の一部に写ってしまったもので、星の肖像権を侵害する意思はなかったし、同人自身は写真のごく一部に写っているに過ぎないことからすれば、同人の肖像権を侵害するとは到底いえないものである。そして、右のように、原告の本件写真撮影は、本件土地を対象とし、被告の信者らを撮影しようとしていたのではないことは明らかな状況であったのであるから、被告信者において、星を含む被告信者らの肖像権が侵害されると思い込むこともありえないというべきである。

五  再抗弁

1  本件フィルムの写真の一部に被告の信者が写っていることが、仮に形式的には同人の肖像権侵害に当たるとしても、原告が正当な弁護士業務として本件土地の写真撮影をした際に写ったものであるから、写真の一部に被告の信者が撮影されていたとしても、右撮影行為の適法性は失われず、被告信者らの行為について正当防衛や自救行為が成立する余地はない。

2  すなわち、原告が本件土地を訪れ、写真撮影を行ったのは、対策弁護団の決定に基づくものであること、被告と地区住民との間では本件土地の廃液や事務所予定地の騒音等を巡って対立が生じていたこと、これら対立に関して対策弁護団が地区住民から相談を受けていたことは前記のとおりである。原告が本件写真撮影を行った時点において、地区住民等から原告又は対策弁護団が具体的な事件についての弁護活動の依頼を受けていた訳ではないが、当時、地区住民と被告間には右のような対立があり、本件土地からの廃液の流出の禁止を求める仮処分事件や損害賠償請求事件、本件土地についてなされていた被告名義の仮登記の抹消登記手続及びその返還請求事件、予定されていた被告の事務所建設についての工事差止仮処分事件、事務所建設に関する損害賠償請求事件、事務所予定地の返還請求事件等の訴訟等を提起せざるを得ないような状況で、地区住民から原告又は対策弁護団にこれら訴訟やその前段階の諸活動について依頼されることが予想された。右のような状況の中で、原告は対策弁護団の一員たる弁護士として、予備調査及び証拠を保全するために本件写真撮影を行ったもので、原告の行為は正当な弁護士業務の一環として行われたもので、星の肖像権を形式的に侵害することがあったとしても、違法性がなく、被告の主張は理由がない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁は争う。

2  弁護士業務として証拠保全を行うに際して他人の肖像権を侵害した場合に、その違法性が阻却されるためには、その業務が受任前の予備的調査の段階では足りず、具体的な訴訟等の段階になっていることを要し、写真撮影の必要性及び緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度を越えない相当な方法をもって行われた場合に限られると解すべきである。

3  しかも、原告又は対策弁護団が、地区住民から相談を受けていたのは被告による本件土地とは別の土地における事務所建設工事に関するもので、本件土地を写真撮影し、証拠保全する必要性は全くなかったうえ、本件土地に関しては、住民に何らかの被害を与えるようなものはなく、廃液の問題も地区住民との関係において問題になるようなものではなかったのであるから、本件土地に関して地区住民から何らかの訴訟が提起されるようはずもなく、原告ないし対策弁護団が、本件土地に関して何らかの弁護活動の委任を受ける可能性など全くなかったというべきである。

したがって、原告が主張するように、具体的事件を受任する前に弁護士が行った写真撮影が、他人の肖像権を侵害しても、それが予備調査又は証拠保全として、適法性を備える場合があるとしても、本件土地については具体的事件となる可能性がなかった以上、原告の主張は理由がない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1について

原告が昭和五八年四月に横浜弁護士会に登録し、同会に所属する弁護士であること、及び被告が宗教法人であり、本件当時本件土地を占有していたことは、当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が平成元年一一月から対策弁護団の一員として活動していたことが認められる。

二請求原因2について

1  本件土地が被告の農園予定地であったこと、原告が平成二年五月二七日に一人で富士ヶ嶺地区を訪れ、本件土地を視察し、同日午前一一時五〇分ころ③地点から本件土地の状況を写真撮影したこと、及び被告信者らによって奪い取られたか否かは別として、本件フィルムが装着された本件カメラが一旦被告信者らの手に渡ったこと、被告信者らが原告の本件カメラの返還要求に応じず、被告の信者の一人が被告富士山総本部へ行き、別の信者二人を連れて本件土地に戻ったこと、その後被告の信者らが、本件フィルムを巻き上げて同フィルムを取り出した後、本件カメラを原告に返還したこと、右フィルムは本件訴訟提起後の平成二年一〇月一六日に被告から原告に返還されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、〈書証番号略〉、証人星俊文、同神谷典男、同竹内精一の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を合わせると、次の事実が認められる。

(一)  対策弁護団は、平成二年の三月ないし四月ころ、被告と地区住民との間で、同地区の被告の事務所建設予定地における削岩機の騒音や本件土地において被告が廃液を流していたこと等を巡ってトラブルが生じていたことを、地区住民からの報告やマスコミの報道等を通じて把握していたところ、富士ヶ嶺区長名で坂本弁護士を救う会宛に、同年五月二七日午後一時から、富士豊茂小学校体育館で開催されるオウム真理教に対する地区住民大会に出席を求める旨の同月二四日付け案内状が届けられ、対策弁護団は、右救う会からその旨の連絡を受けたので、富士ヶ嶺区と連絡を取ったうえ、右要請には対策弁護団が対応することになり、同弁護団として原告を右住民大会に出席させること及びその際原告に現地を調査させることを決定した。

(二)  そこで、原告は、同月二七日、一人で自動車を運転して富士ヶ嶺地区を訪れたが、予定よりも早く着き住民大会の開始までに時間的余裕があったため、住民大会が開催される場所に近い被告事務所の建設予定地は同大会終了後に調査することとし、右大会開催場所から遠い本件土地を右大会の開催前に調査しようと考え、富士ヶ嶺区から予め送られてきていた地図を頼りに一人で本件土地に向けて自動車を走らせていたところ、有刺鉄線が張られている土地と「オウム真理教農園予定地」との看板を目にしたので、同日午前一一時五〇分ころ、①地点から北西の方向に約二五〇メートル行った村道上(別紙図面記載②地点)に自動車を止め、同地点から歩いて訴外中山義三所有の上九一色村富士ヶ嶺三一九番地の土地を直線的に横切り、同土地の一部である私道上の③地点に向かった。同地点に至ると、本件土地には「オウム真理教農園予定地」と書かれた看板が設置され、地区住民からの報告やマスコミの報道のとおり本件土地には廃液が流されていて悪臭が漂い、基礎工事と思われるコンクリートも見えたので、原告は③地点付近から本件カメラで本件土地の状況を写真撮影することにした。

(三)  原告は、同日午前一一時五〇分ころ、③地点から本件カメラで本件土地の状況を撮影し始めたところ、本件土地に置かれていたコンテナの中から被告の信者である星が出てきて、「ここを撮るな。」と大きな声で言いながら原告のもとに駆けつけた。原告は、星が近寄るまでの間に本件土地の写真を三枚撮ったが、近寄ってきた星が原告に対し「お前は誰だ。」などと問い質している内に、①地点にいた被告の信者である大石明、猪瀬正人、及び神谷典男も右星の声を聞いて直ぐに駆けつけた。そして右星ら信者四人は、原告を取り囲み、原告に対し、「どうしてここを撮るんだ。」、「お前は誰だ。」等と詰問したうえ、「カメラを渡せ。」と原告に本件カメラの引渡しを要求した。これに対し原告は、「横浜の弁護士の滝本だ。」、「カメラを渡す理由はない。」、「法律に違反するようなことは何もやっていない。」などと答えて本件カメラの引渡しを拒否したところ、右信者らは、互いに「取れ、取れ。」と言って、原告から本件カメラを喝取することを共謀したうえ、その場で、右信者らの内の一人が本件カメラを持っていた原告の右腕を背後からねじ上げるや、他の一人が原告の右腕から本件フィルムの入っていた本件カメラを奪い取った。当時右③地点付近には原告と右信者ら以外には人がおらず、村道からもかなり私道を入った地点であるため、原告としては他人に助けを求めることもできずに恐怖心を抱き、さしたる抵抗もしなかった。

(四)  右のように本件カメラを奪取されたものの、これに納得できない気持ちで原告が右信者らに対しその返還を求めていると、右信者らの内の一人が名刺を渡せば返すと言ったので、原告は前記自動車まで自分の名刺を取りに行くことにし、本件土地に隣接した私道を③地点から①地点方向に歩いていったが、その際、右信者らの内の一人は、原告の背中に所携の角材をたびたび押しつけ、他の三人の信者は原告の周りを囲むようにして原告に同行した。

(五)  その後、原告は、前記止めてあった自動車まで戻り、今度は自動車を①地点から東の方向に約三〇メートル行った村道上(別紙図面記載④地点)に止め、名刺を持って自動車を降り、①地点で待っていた右信者らに本件カメラの返還を要求したが、右信者らは結局その返還に応じなかった。右返還を巡って、原告と右信者らとが応酬している内に、右信者らは富士山総本部の者を呼ぶことになり、その内の一人が被告富士山総本部に自動車で人を迎えに行き、一〇分から二〇分位して戻ってきたが、これに引き続き、別の自動車で来た二宮某ら二人の被告の信者も星らに加わった。

(六)  その後も、原告は、本件カメラの返還を要求し続けたが、右信者らは本件カメラをたらい回しして原告の要求に応じず、同日午後〇時四〇分ころ、右六人の信者らは、互いに、「フィルム取っちゃえ。取っちゃえ。」などと言い、その内の一人が本件フィルムを巻き戻し、本件カメラから本件フィルムを抜き取ったうえ本件カメラだけを原告に返還した。

原告は、同日午後一時から、前記住民大会に出席しなければならなかったので、右信者らに対し、さらに本件フィルムの返還を再三要求したが、右信者らは被告の顧問弁護士の青山吉伸弁護士と相談すると言って右要求に応じないので、原告は、住民大会に出席するために止むを得ずその場を一旦離れたが、同日午後四時ころ、地区住民らとともに被告の富士山総本部を訪れ、改めて、本件フィルムの返還を求めたが、被告はこれを返還しなかった。

3(一)  ところで、証人星は、星が原告に対して本件カメラを渡すように要求したところ、原告が任意に手渡した旨供述するが、原告が何ら面識のなかった星から理由も告げられず突然本件カメラの交付を要求されるや、直ちに右要求に応じたというのは真に不合理であり、その他本件全証拠によるも、原告が星に本件カメラを任意に手渡すような理由があったとは認められず、加えるに、原告は、本件カメラが被告信者らの手に渡った直後から一貫して本件カメラの返還を要求し、本件フィルムが抜き取られ本件カメラのみ返還された後は、本件フィルムの返還を要求し続けたことは前記認定のとおりであるから、これらの事実に照らすと、証人星の前記供述はたやすく採用することができない。

(二)  次に証人星は、星が原告から本件カメラを受け取った後に他の三人の信者が来た旨供述し、証人神谷は、同人が③地点で右星及び原告を見たとき、既に本件カメラは星の手にあった旨供述している。

しかし、前記のように、原告が星一人の要求に応じて本件カメラを直ちに任意に手渡すような理由はなく、また後記認定のとおり、星ら四名の信者は本件土地に近づく者を監視するなどの活動をしていたと認められるので、前記のように神谷ら三名も星の声を聞いて直ちに星のもとに駆けつけたと認めるのが妥当であるから、これら事実に照らすと、星ら信者四名によって本件カメラを奪取された旨の原告本人の供述は合理性を有するものということができる。したがって、これに反する証人星及び同神谷の前記各供述は採用することはできない。

(三)  証人星及び同神谷は、信者らの一人が原告の背中を角材で押したことはない旨供述するが、被告信者らは本件土地に近づく者を監視する等の活動をしていたことは後記認定のとおりであり、右事実並びに前掲各証拠に照らすと証人星及び同神谷の前記各供述も採用することはできない。

(四)  その他、前認定に反する証人星及び同神谷の各証言部分は前掲各証拠に照らして採用することができない。

三請求原因3について

1  前記星俊文外四名の信者らが被告の単なる信徒ではなく出家者であること、被告の出家者は「ワーク」と呼ばれる被告の様々な仕事に従事し、「ワーク」は、デザイン、編集、印刷、被服、建築、車両、ビデオ、医療、生活、CSI(科学)、CMI(薬学、遺伝工学)などの分野に分かれており、その一つとして警備係が存在することは当事者間に争いがない。

2(一)  〈書証番号略〉、証人星、同神谷、同竹内の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告は、平成元年一二月から翌二年一月にかけて、前記被告事務所予定地に高い塀を巡らして掘削工事等を始めたが、掘削機の騒音や工事車両の通行等によって付近住民に相当の迷惑を及ぼす状況であって、当初から右予定地の入口に見張りを立て、通行する人や車両を無差別に写真撮影していた。

(2) 被告は、平成二年三月ころ、本件土地に数個のコンテナ等を持ち込み、被告の信者一四、五人が本件土地付近に徘徊するようになった。

そのため、同月二七日に開催された地元の農協の総会において、本件土地は農業振興地域の整備に関する法律に定める農業振興地域内の農用地であり、そのような土地で工事をするには農業委員会の許可が必要であるにもかかわらず、その許可なしにコンテナ等を持ち込んでいる被告について、上九一色村農業委員会に対し、これに対して厳正に対処するように要請することが決議された。

(3) また、農協の組合長や上九一色村農業委員等を努めたこともある竹内精一が五人程で右農協の総会後である同月末ころに本件土地を訪れたところ、別紙図面の村道から私道に入る入口付近と本件土地の西側隣地の私道に車が各二台止まっており、村道から私道に入る入口付近に止まっていた車には数名の被告の信者が乗っていたが、右信者らから竹内らは「被告の土地だから入るな。」と言われた外、別紙図面の村道から私道に入った最初のカーブの付近では本件土地に置かれていたコンテナの中から、木刀、カメラ、テープレコーダーを持った被告の信者らが七、八名出てきて、竹内らに体を押しつけるような行動をとった。

(4) 同年四月二日、上九一色村農業委員会の農業委員が本件土地を訪れ、その場にいた被告の信者らに対して工事の中止を要請したが、被告の信者らはこれを無視し、農業委員の目前でコンクリート打ちを行い、さらに同年四月中ころに本件土地に有刺鉄線を張り巡らせた。

(5) 被告は、同年四月末から五月にかけて、本件土地内に液体の廃棄物を流したため、その悪臭にたまりかねた右竹内を含む住民が、同年五月四日ころ、本件土地へ抗議に行ったところ、別紙図面の村道から私道への入口付近の車の中に無線機を持った被告の信者が二人おり、右信者らはその無線機で本件土地にいた被告の信者らに連絡を取り、右竹内らが本件土地に隣接する私道を村道側から入って行くと、被告の信者七、八人がすでに本件土地内に被告が張った有刺鉄線と右私道の間に立っていて、とにかく本件土地に入るなと激しく罵声を浴びせた。

(6) 右竹内は、以上を含めて、七、八回本件土地を訪れているが、その度にカメラとテープレコーダーを持った被告の信者らが、右竹内らを写真撮影し、竹内らの声や竹内らと被告信者らとのやり取りを録音していた外、信者の中には木刀を持っている者もいた。

(7) 同年五月中旬ころ、週刊誌「フラッシュ」の記者とカメラマンが、本件土地付近で、写真撮影等の取材をしていたところ、被告の信者らに取り囲まれ、フィルムの交付を要求され、地区住民の小飼らが助けたこともあった。

(二)  以上の事実に基づけば、本件事件に至るまでの間、本件土地及び事務所建設予定地付近において、被告と地区住民及び報道関係者との間で深刻な対立が生じており、そのため被告は右両地に常時信者らを配置して、これに近付く者を監視し、部外者の立入りを規制し、それら部外者を写真撮影し、また写真撮影する部外者に対してはそのフィルムを要求する等の処置を採らせていたものと推定することができる。

3  そこで、本件当日の状況を検討すると、証人星は、当時星は被告の富士山総本部で経理を担当し、主に伝票の照合検査をしていたが、平成二年四月ころから富士山総本部は人が多く、いろいろな物が置かれて修行や教学に適さなくなったので、本件当日は本件土地に赴き、コンテナの中で教学をしていた旨、また証人神谷は、神谷は被告の富士山総本部で建築班に属していたが、同所が修行に適さなくなったので、本件土地付近で精神を集中して歩く修行である瞑想修行を行うため、当日午前一一時半ころ①地点付近に到着し、既に同所に来ていた大石らと雑談していたところ、③地点付近で大声が聞こえたので、大石らと私道を上がって行った旨証言している。

しかしながら、証人星の証言によっても、星は一日当たり経理の仕事を平均一〇時間位、修行を六時間位行うというのであるが、当日の同人の仕事や修行の時間がどのように定められていたのか、或は本件土地に到着したのは何時であるか明白でないから、右のように仕事時間の長い星が、当日午前一一時三〇分ころという時間に果して一切の仕事を免除されて修行だけをしていたのかどうかは疑問であり、また証人神谷の証言によっても、神谷の当日における建築班の仕事時間や修行時間はどのように定められていたのか、或は大石や猪瀬の部署及びその仕事時間がどのようなものであったかは明白でないから、同人らも当時一切の仕事を免除されて修行だけを行っていたとは俄かに断定し難いといわなければならない。そして、前記のように原告は、本件土地西側の土地を横切って前記私道に出たのであるが、〈書証番号略〉、証人星の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、星は、原告がまだ本件土地西側の土地を横切って私道に近付ている時に、その草を踏み分ける音に気付くやコンテナから出て、原告の方に走り寄っており、また証人神谷の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、①地点付近に居た神谷らも、当時修行そのものをしていた状況ではなく、また被告横浜支部の責任者であった二宮はアッサージ大師であったと認められ、しかも、星は、原告に近付くと、直ちに詰問し、神谷らも、同人らが居た場所と③地点付近とは約八〇メートル離れていたのに、星の声を聞くや直ちに③地点に駆けつけ、星と共に原告に対し本件カメラを交付するよう求め、そして途中で富士山総本部から更に二名の信者が加わったことは、前記のとおりであり、そのうえ証人星の証言によれば、星らは、本件フィルムを奪取すると、これを直ちに富士山総本部に提出していることが認められる。

そこで、これら事実と右1及び2の事実を合わせると、星、神谷、大石、猪瀬ら信者は、その本来の担当の仕事如何にかかわらず、本件当時、写真撮影する者を規制することを含めて部外者を監視するため、被告から本件土地付近に配置されていたもので、二宮外一名も右監視行為を援助するため現場に赴いたと推認され、右認定に反する証人星及び同神谷の右各証言部分は、たやすく採用することができない。

したがって、星ら信者が原告から本件カメラを一旦喝取したうえ、これから本件フィルムを奪取した行為は、被告の業務の執行に関して行われたものと解するのが相当である。

四抗弁に対する判断

1  原告の撮影行為の違法性の有無について

〈書証番号略〉によれば、原告は③地点付近で三枚の写真を撮影したところ、その一枚目の中央やや右には「オウム真理教農園予定地」と書かれた看板が、その左側にはコンテナが写っており、星はさらにコンテナの左側、写真全体の左端近くに膝から上の姿が極く小さく写っているだけであり、二枚目及び三枚目の写真には本件土地とその遠方の景色が写っているだけであることが認められる。

そこで、右事実に照らしても、前記のように原告は本件土地の状況を撮影しようとしただけであり、その際星がたまたまコンテナの中から出て原告の方に走り寄ろうとしたため写ってしまったに過ぎないと認められる。そうすると、原告は、単に本件土地の状況を撮影したものであって、星を撮影の目的としたものではないから、前記のような本件撮影の趣旨、撮影の態様及び方法、撮影された星の写真内容に照らすと、原告の本件撮影行為は、社会的に相当な範囲内の行為であって、違法性がないというべきである。

2 したがって、原告の撮影行為が違法であることを前提とする被告の正当防衛、自救行為及び星らの奪取行為には実質的違法性がない旨の主張は、いずれもその余の点を判断するまでもなく失当である。

3  誤想防衛若しくは誤想自力救済について

星外三名の被告の信者は、本件土地付近において被告と地区住民らとが激しく対立している状況の中で、本件土地に近付く者を監視し、写真撮影をする者に対してはそのフィルムの交付を要求するなどの活動に従事していたこと、星は原告が撮影した三枚の写真中の一枚にその左下に極めて小さく写っているだけでしかも同人は、原告のもとに駆け寄ったときに、「ここを撮るな。」と言ったに過ぎないことは前記認定のとおりであって、原告本人尋問の結果によれば、星が自分自身が撮影されたとしてこれに明確に抗議するような発言をしたことはなかったことが認められ、また、証人星の証言によれば、星は自分が撮影されたと思ったと述べながら、本件フィルムを被告の富士山総本部に提出し、右フィルムのその後の措置について全く関心を持っていないことが認められる。

そこで、右事実に照らすと、証人星の証言中、星は、コンテナの中に居た時に原告のカメラが自分の方に向けられたので自分が撮影されたと思い、それ以上撮影されたくないと思って本件行為に及んだとの部分はにわかに採用できず、反って、星は監視活動の一環として、原告が本件土地の写真を撮影したことに対し、これを中止させ、本件フィルムの交付を求めるために本件行為に及んだと認めるのが相当であり、自分が写真撮影されていることを前提に、その禁止を求めるために原告から本件カメラやフィルムを奪い取ったものとは認められないから、星には、自己の法的利益を防衛する意思ないし侵害された利益を回復する旨の自救の意思があったとは認めることができない。

以上のとおり、被告の誤想防衛若しくは誤想自力救済の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。したがって、被告は原告に対し、民法七一五条により原告の被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。

五請求原因4について

原告が、人家から離れた本件土地付近で星ら被告の信者に、本件カメラ及びフィルムを喝取される際に恐怖を感じたこと及びその経緯、状況は前認定のとおりであり、本件カメラはその場で原告に返還されたが、本件フィルムは本件訴訟提起後の平成二年一〇月一六日に被告から原告に返還されたことは当事者間に争いがない。さらに〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件フィルムには、原告が③地点から本件土地を撮影した写真の外、原告が日本弁護士連合会欧州陪審調査団に参加した際の写真や家族の写真も含まれていたこと、原告は、本件フィルムが被告の信者らに奪われ、しかも、被告が容易にその返還をしないため、富士吉田警察署に被害届を提出し、その実況見分に立ち会うとともに、本件フィルムの返還等を求める本件訴訟を提起せざるを得なくなって、このような事情によっても精神的苦痛を被ったことが認められる。そこで、これらの事実及びその他本件証拠上認められる諸般の事情を斟酌すると、原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては一〇万円が相当である。

六以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、一〇万円及びこれに対する本件不法行為の翌日である平成二年五月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大喜多啓光 裁判官片桐春一 裁判官杉山順一)

別紙物件目録

所在 山梨県西八代郡上九一色村富士ヶ嶺

地番 三二〇番

地目 原野

地積 二万一四二一平方メートル

別紙図面〈省略〉

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